宋・元と博多


墨書(ぼくしょ)陶磁器

 博多では人名、職名、数量を墨で書いた中国陶磁器が多く出土しています。「丁綱」などのように中国人姓と、荷物のまとまりを意味する「綱」の字を組み合わせた墨書が多く見られます。商品の所有権や販売権を記したものといわれています。多くの宋商人が流通に関わっていたことを示すものです。また、特定の姓がせまい範囲から集中して出土する傾向があります。

 

 

「陶磁器の流通−平安末〜鎌倉時代」

「北宋末〜南宋・高麗」

 中国の輸出用陶磁器の生産量は飛躍的に増大し、日本にも大量の青磁・白磁がもたらされました。はじめ、北部九州・京都を中心に流通した輸入陶磁器は、国内交通路の発達とともに、鎌倉など東国へも運ばれるようになりました。この頃、朝鮮半島の高麗でも青磁が生産されるようになりましたが、中国陶磁器にくらべると日本の輸入量は少ないものでした。一方、国内では常滑、備前などで陶器の生産が開始されましたが、博多周辺では中国陶磁器の入手が容易であったため流通しませんでした。


陶磁器の生産地

井戸からまとまって出土した青磁

黄釉鉄絵盤

白磁水注

緑釉掻落文梅瓶