弘安の役
南宋を滅ぼした元は、1281(弘安4)年ふたたび日本におしよせてきました。合浦(韓国慶尚南道馬山)を出発した元軍(東路軍:とうろぐん)4万は対馬・壱岐をおそい、6月6日博多湾に姿をみせ13日まで激しい戦闘が行なわれました。上陸をはばまれた東路軍は壱岐に退き、中国の慶元(寧波:ニンポー)を出発した元軍(江南軍:こうなんぐん)10万と平戸付近で合流しました。元軍は再び博多湾を攻撃する予定でしたが、閏7月1日夜の暴風によって、鷹島(たかしま)沖にいた元の軍船の大部分は沈み、退散しました。