蒙古襲来の影響
二度にわたる蒙古襲来に対して、鎌倉幕府は九州に所領を持つ御家人を下向させ、また非御家人までを動員して防戦しました。しかし、幕府は彼らに十分な恩賞を与えることができませんでした。また、九州の裁判と軍事指揮を行なう鎮西探題(ちんぜいたんだい)を博多にもうけ、九州の御家人が裁判のため鎌倉や京都に出かけることを禁止し、元に対する警備に専念させました。そのため九州の武士は大きな負担を強いられ、次第に幕府から離れていったのです。